2020年02月06日

【 終活 】もし余命がわかっていたら人生の最後はこうありたいと思うこと

もし余命がわかっていたら・・・・

現在の日常で交通事故など突然命が奪われる以外で、
僕らが最後を過ごす場所はほとんどの場合病院であろう。

2018年の厚生労働省発表の人口動態統計月報年計(概数)の概況を見てみると
日本人の死亡原因の要因の第一は男女ともに「ガン」が一位である。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai18/index.html


義理の母がなくなった年に父に腫瘍がみつかりその時はすでに「ステージ4」の状態

余命は宣告されなかったが、
本人もすでに自分の人生がそんなに長くはないことは知っていたはずだ。

そして昨年の7月に父は逝ってしまった・・・

義理の母の3回忌の時に父は僕に「後は頼むな・・」と言葉を残していた。
「そんなすぐなはずないから」と僕はその場は笑って誤魔化してはいたが
父にしてみればそんなに自分の命が長くはないことに気づいていたのだろう。

そして家族に見守られながら父は逝った。



普通人が亡くなると何から何をどう手につけていいかわからず動揺するものだ。
ただでさえ亡くなって悲しいはずなのに「葬儀の手配」というのを残されたものは
しなければならないのだ。

しかし父は一冊のノートに葬儀の費用からどこに連絡をし、
どんな手続きをしなければならないのか
こと細かに書いて残していた。

僕ら残された家族はそのノートを見ながら葬儀屋さんと打ち合わせをして、父を送り出した。

その葬儀の後、嫁の実家に片付けに来て、ぼくはこんなことをつぶやいている












実はタンスの中も不要なものはすでに捨ててあったり、
後に残された者が困らないようにしてくれていた。

最後まで本当に几帳面で優しい父だ。

最近は「終活」なんていう言葉が存在するがまさにその通りだ。


もし僕が余命を宣告されたら大量にある本とCDを片付けられるのだろうか・・・

「生き方・死に様はこうあるべきだ!」と
父に教えられている気がした



posted by kage_laidback at 18:56| 北海道 ☔| Comment(0) | nichijyo | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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