昨年の3月11日。
日本中を大きな揺れが襲い、誰もが恐怖したあの日。
そして地震の後に出された大津波警報とともに、テレビで映し出された巨大津波にノミコマレル、
畑、家、走っている車・・・・
「本当にこれは日本なのか?」という恐ろしい映像だった。
余震で揺れているのか、あまりの恐怖で心が揺れているのか、
ただただ「生きている人たちが失われていく瞬間」を目の当たりにして
頭の中のメモリーがショートをしていた。思考回路停止
その後僕を襲った恐怖は「放射能の恐怖」だった。
僕の少年時代はとにかく「放射能への恐怖」を題材にしたものが多かった。
「はだしのゲン」やら「黒い雨」広島・長崎の原爆の悲惨さを
学校という教育の場で刷り込まれていった。
また「核戦争後の世界」を題材にした映画を見たことがあり、
核爆発によって命を落とすもの、放射能の後遺症によって命を落とすもの、
核爆発の塵によって地球は寒気と暗闇に長期間閉寒気と暗闇に長期間閉される「核の冬」になり生物は死滅する
といった「恐怖の世界」が頭の中の残っていたのだ。
もし日本のどこかに核兵器が落ちて放射能の恐怖に怯えながら生きるとしたら・・・・
そんなことをモンモンと考えた時期があったり、夢にまで出てきたくらい。
しかし実際には核兵器ではなく、日本人自らの手によって「恐怖の世界」がやってこようとは・・・
「原子力は安全です!原子力は平和利用です!CO2を出しません!環境に優しいです!安いです!」
僕も含めてどれだけこの言葉に洗脳されていたのか・・・
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posted by kage at 08:22| 北海道

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